中川繁夫の写真と文章

中川繁夫の写真と文章です。

愛の夢

愛の夢-1-

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 向井浩介が心斎橋にあったヤマハの店へいったとき、偶然にピアノの楽譜の棚の前にいた女の後ろ姿を見つけた。淡い水色の水玉模様の、ノースリーブのワンピースを着たその女は、リストの愛の夢の楽譜を手にしていた。浩介は、肩にかかった黒髪から背中、細まったウエストから広がり下りるフレアスカートに、さわやかな色気を感じた。クーラーが効いた店内だから、汗はかかなかったものの、握った手は汗にまみれていた。女は学生なのだろうか。浩介にはその女が若くて器量が良くて音大の学生のようにも思えた。知らない女だし、知り合いになりたいと思うが、そのとっかかりが見つからない。楽譜を買った女は、手提げのカバンをさげて店を出た。浩介がそれとなく後を追う。戎橋にまできて、女は立ち止まった。アーケードがない橋の上は、太陽が眩しい光を降ろしている。
「あのう、写真を、撮らせて、いただけませんか」
 立ち止まってグリコの看板を眺めるようにしている女に、浩介は思い切って声をかけた。ナンパするのだ。手にはキャノンのカメラを持っているから、女は、ふりかえり、浩介を見て、怪訝な顔をしたが、カメラを持っているのがわかって、戸惑った様子を見せた。
「あのう、あなたは、写真家のかた、でしょうか」
 戎橋には沢山の女たちが手に手にカメラを、スマホを構えて、グリコの看板を背に、ポーズを取りながら写真に撮られていた。その女たちのように、写真を撮らせてほしいと、女は察しがついた。
「ええ、いいですけど、ネットには、のせないでほしいですけど」
 女は、浩介に声をかけられ、まんざらでもない反応を示した。写真を撮って、浩介が誘う。アーケードのなかの喫茶店へ入る。この女は、どこまでつきあってくるだろうか、浩介の脳裏にちらちら、この女の可愛さと可憐さが混在したような薄化粧の女に、胸をときめかせた。
 女の名は志保といった。大川志保。大学の三年生で音大ではなくて私立大学、社会学部の学生だと云った。
「ええ、ピアノは、子供のときから習っています、ピアニストになりたいと、中学の頃は、おもったことがあったけど、それほどの才能もないから、趣味、です」
 志保は、浩介のまえで、ためらうことなく、話した。志保には、向井浩介と名乗った男が、映画にも出演するタレントに似たマスクで、好男子だと感じたのだった。



愛の夢-2-

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 フェースブックで友達になろうと言ったのは浩介からだった。戎橋から見るグリコの前で、何カットか撮った写真を送りたいということで、志保のページを開かせ、友達登録させたのだ。喫茶店にいたのは30分ほどで、FBで友達になって店を出、志保は地下鉄御堂筋線の心斎橋に戻り、啓介は道頓堀の歓楽街に入っていった。
「いい子だよな、擦れてないよな、ピアニストかぁ、そうなんだ」
 いましがた別れた志保を、可愛くて清楚な女子学生だと、啓介は思った。うわずった気持ちで別れたけれど、ネットでつながったから、それ以上のことを、いまは知らない。
 志保にしても、イケメン啓介に好感をもった。27歳だと言った、フリーランスのカメラマンと言った。とはいってもブライダルの撮影チームに所属しているのだと言った。カメラマンという職業を、志保は素晴らしい仕事だとは思えなかったけれど、クリエイティブな仕事だとは、思った。まだ大学の三年生という身分では、これから就職していかないといけないところ。ピアノは好きだけど、ほかになんのとりえもない女子学生だ。ピアニストになんてなれないけけれど、何ができるのか、多少は器量が良いから、モデルになろうかしら、とはほのかに思っても、プロダクションへ入る知恵もないから、それは夢のなかの話だ。
「ああっ、来てる」
まだ帰りの阪急電車のなかで、志保は、先ほど撮られた写真を、メッセンジャーに添付されて手元に届けられた。グリコの看板を背にして、手をあげているポーズ。それとプロフィール写真に使えそうな上半身正面の写真。
「ありがとうございます!」
志保は、お礼のメッセージを送り返した。啓介のメッセージには次のことが書かれてないから、素保は、このまま、もう、終わる。たぶん、終わる、と思った。イケメン男子の向井啓介さん。彼がいない歴二年の志保には、その啓介に、かなりの興味を持った。彼に、彼女が、いるのかなぁ、と志保は思う。まさか結婚してる、なんてことはないと思うけど、それにしても、いい人そう。志保には、大学生になった当初、つき合った彼がいた。からだを求めてきたから断って、気まずくなって、縁が切れていった。19才の夏から秋にかけての出来事だ。キッスして、からだを求められたのは、繁華街から裏手に入ったところのラブホテルへ連れ込まれそうになったとき。彼の手を振り切り、そのままひとりで部屋へ帰って、青ざめて泣いた。
「恋してもいいかなぁ、恋したいなぁ」
部屋でひとり、つぶやきながら、啓介のページを手繰ってみる志保だ。旅行好きらしい。京都や奈良の観光写真を、フェースブックでアルバムにして載せているのを志保は発見する。観光写真のなかに、女子が写ったのがある。行った先でモデルになってほしいと依頼して、承諾されて載せられているのだと志保は思う。わたしは載せること断ったから載せないと思うけど、と思いながら、啓介の顔を思い浮かべるのだった。

愛の夢-3-

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 向井啓介は芸大の写真学科を卒業し、二年間ぶらぶらしていたけれど、25才になってブライダルのイベント会社にカメラマンとしてチームに所属する職業を得た。契約だから夏場の結婚式場が閑散な時期は仕事がない。仕事がない時には電気店でアルバイトしていて、独り身の生計を立てている。南森町のマンションの一室を賃貸で借り、スタジオ設備を入れ、事務所としている。向井啓介写真事務所、スタジオKEI、との名刺を作って、独立しているけれど、経済的には苦しい。
「学生なんだ、可愛いな、モデルにしたいな」
啓介は、心斎橋で会った大川志保のことを思う。写真を撮ったから、顔は十分にわかる。ワンピースを着た清楚で可憐な女子だ。その志保の裸体を想像しながら、口説けばモデルをしてくれそうだとの思いに至った。その容姿を褒めれば、女子は嬉しがってくれる、と啓介は経験を踏まえながら、思うのだった。
 志保のフェースブックページを見る。顔写真は俯いていて顔がブレたもので、素顔がわからないようにしてある。居住地の記載はない。記事はほとんどアップしていなくて、自己紹介欄は学校名が記されているだけだ。友達は当然の事ながら啓介と知り合う人はいない。かなり遠くの方にいる存在だな、と啓介は思う。たまたま街で見かけて写真スポットで写真を撮らせてもらい、フェースブックで友達になった。それだけのことで、遠い存在だ。
 写真を送ったメッセンジャーで繋がっているから、一週間が過ぎたとき、啓介は、志保にメッセージを送った。
「もし、よろしければ、モデルになっていただけませんか、よろしければ、万博公園の太陽の塔を背景にしてとか」
 志保の反応はわからない。志保が通う大学からも近いスポット。男女がデートに使うスポットでもある万博公園だ。志保からの返信は、一時間程過ぎて、あった。
「こんにちは、ありがとうございます。はい、モデルになれれば、可能です。」
ぎこちない言葉綴りだけれど、志保は、啓介の要求に応じてきた。啓介の胸は躍った。繋がる。もう少し彼女のことを知りたい、啓介の想いは募ります。モデルを兼ねた恋人関係。それは妄想のレベルだが、男の啓介は、女のことをあれこれと想像してしまうのだ。具体的には、次の土曜日、午後一時にモノレールの改札を出たところで待ち合わせることになった。

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愛の夢-4-

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 志保が啓介のメッセージに応じたのは、この一週間、啓介のことが気になっていた矢先のことで、もっと啓介のことを知りたいと思う気持ちが生じてきていたからだ。イケメン男子に恋をする、そんなイメージで志保は自分を捉えているのです。
<あのひとは、カメラマン、芸大を卒業したって言ってた>
志保は一人暮らし、親から離れて学生マンションを借りています。狭い部屋だけど、親の目から離れ、自由を満喫している。とはいっても学生の身分だから、なにかと親頼み、とくに学費は全面的に親に負担してもらっている。
<モデルかぁ、モデルになろうかしら、ふふっ、アイドルかぁ、いいかもなぁ>
独り言、部屋の窓から空が見える。青空がひろがり、山が見える。そろそろお出かけの時間。下着を整え、白っぽい生成りのワンピースを着て、ストローハットをかぶって、まるでメルヘン、可愛い女子大生になる志保だ。モノレールの駅に着いた。まだ午後一時には少し時間があった、志保は、改札を出て、切符売り場横のコンビニに入った。珍しくキャラメルの箱を買った。ミルクの味がする森永キャラメル。まだ学校へいくまえ、幼稚園のとき、ピアノを習いに行く途中で、ママが買ってくれた。まろやかな味、口の中でひろがる柔らかい甘さ。バッグに入れておいて、待ち合わせをしている啓介にあげたら、食べるかもしれない。封は切らないままバッグに仕舞って、コンビニを出ると啓介が来ていた。
「やぁああ、どうも、来てくれた、ありがとう」
おしゃれなカメラマンスタイルの啓介が、首からカメラをぶらさげ、右手をあげて合図してきた。モノレールから降りてきた人が通り過ぎていく。志保は、啓介をみとめて、軽く会釈した。啓介が近寄ってきて、志保と向きあう。
「ありがとう、素敵だな、志保さんって呼んだらいいのかな、志保さん」
「はい、それで、いいですけど」
啓介のことを何と呼べばいいのか、志保は、戸惑いながら、向井さん、でいいですか、と訊ねる。啓介は、ええ、それでいいですよ、と応える。ぎこちない男と女の会話だ。ゆるい坂をおりて正面がエクスポシティ、左にとって太陽の塔に向かって、歩道橋を渡っていった。夏が終わりかける土曜日の午後だ。まだ暑いせいか人はまばらだ。
「太陽の塔、これ、バックにして、撮りたい」
「ええ、どうしたらいいかしら」
「そうだね、帽子をあげて、顔が見えるようにしてくれて」
志保の背中に太陽の塔、啓介が五歩ほど後ろへ下がって、カメラを向けた。黒いキャノンのカメラだ。芸大の写真学科を卒業しただけあって、志保にしてみれば、プロのカメラマンだ。

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愛の夢-5-

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 さすがにカメラマン啓介だ。慣れた手つきで、志保をイラつかせることもなくシャッターを切る啓介。正面から、少し右向き、左向き、近寄ってきてシャッターを切る啓介に、志保は、恥ずかしさと嬉しさが混じった面はゆい気持ちになる。太陽の光が明るくて眩しいけれど、ストローハットをかぶっているから、だいぶんマシ。
「志保さん、写真写り、いいね、素敵だね」
「まあ、そんなこと、そうですか、ありがとうございます」
「たくさん撮らせてもらって、フォトブックを作ろう」
「フォトブックですか、写真集、ですよね、うれしい」
志保は啓介と並んで、ゆるゆるの円形にカーブするアスファルトを歩く。太陽の塔の横からうしろにまわり、左へいくと花壇だ。カメラマンの啓介は、生成りのワンピにストローハット姿の志保を、可憐で上品な女学生ととらえた。可愛さに心揺すられる啓介。志保にも、ほのかな恋の匂いが立ち込めてくる。明るい空のもと、カメラマンの男子とのデート。向日葵の咲く花壇で、立った姿の志保を、したから仰ぐようにして、啓介がシャッターを切る。座って花に顔を近づけたところを、ほんの15㎝ほどにまでレンズを近づけられて、写真を撮る啓介。志保は、その近さに、目の前、啓介の姿しか視界になくて、緊密な気持ちだ。ほのぼの、あたたかい、胸が火照ってくる感じがする志保。男の人と一緒にいるという感覚で、気持が豊かになる。
「喉が渇いたね、ジュースを買おうか」
アスファルト道路の向こうに休憩所があり、赤や黄色の自販機が並んでいる。志保の顔が火照って、白っぽさからピンクになっている顔色を見た啓介の気遣いだ。
「うん、喉、乾きました、カルピス、あるかしら」
「ええっ、志保さんは、カルピスがいいの、赤ちゃんみたいだ」
「そうかしら、ママと一緒のときは、いつもカルピス、ソーダ」
「あの白い色の飲み物だよな、ぼくはコーラだ、白と黒だね」
自販機にコインを入れてボタンを押して、ペットポトルが転げ落ちてくる音がけたたましい。志保のカルピスが出てきて、啓介のコーラは隣にある別の自販機だ。
「志保さん、京都に住んでるっていってたけど、京都のどこなの」
そういえば、啓介は、志保が日常を過ごしている場所を知らないままだ。それは志保にとっても、啓介が何処に住んでいるのか具体的には知らない。知らなくても連絡が取り合えるから、あえて住所を教え合うことはない。啓介にとっては、知り合った可愛くて可憐な女子大生、大川志保のことを、もう少し具体的に知りたいところだ。
「ええ、教えてあげる、京都といっても長岡天神、おばさまが持っているワンルームマンション、そこまでよ、お教えできるのは」
なにを警戒しているのか、女子学生、まだ見知って二度目に顔をあわした相手、男子、それはイケメンだと思うが、迂闊に教えたりして、ストーカーされたら大変だから、細部は秘密だ。その点、男の方は、あけっぴろげだ。
「南森町のマンションンを借りてるんだ、寝泊まりしてる、スタジオしてるんだ、名刺の通りさ、志保さん、スタジオ撮影の時は、よろしくね」
「そうですね、また、機会があれば、よろしくお願いします」
この先がどうなるのかわからないから、志保は、まだ、保身中だ。啓介を観察する志保だ。女の目から見て男をどう見るか、志保には経験がないわけではないが、以前にキッスを許し、ラブホテルへ誘われて断って気まずくなって別れた男子がいた。それは大学一年生、19歳の時で、それから二年が経って、いま大学の三年生。少しは大人になって、衣が脱げた志保だけど、男を扱う扱い方は慣れていない。

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愛の夢-6-

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 モノレールに乗って、阪急の駅では啓介が大阪方面、志保が京都方面へ帰るから、ホームは反対側になる。お互いに向こうとこっち。電車が来ない間はホームの向こうとこっちだ。志保はホームの向こうに立ったままの啓介を見るともなく見ながら、太陽の塔のまわりで撮ってもらった写真を、メッセンジャーで送ってもらうことを約束して、次のに会う日は決めないままだ。
 河原町行の準急が到着して、志保が乗った。啓介はまた電車が来るのを待っているところ。夕方の通勤時には間がある時間で、電車は空いていた。女子高校生のグループがおしゃべりしながらドアの付近に立っている。志保は、座席に座った。座って、スマホを取り出し、画面を見る。メールが来ていないか。フェースブックを見る。メッセンジャーに着信はないか。学校の友だちとはラインで会話することが大半だ。ラインの受信を見てみると、可奈からのメッセージが入っていて、夜のご飯を一緒に食べよう、と言っている。30分ほど前のメッセージで、志保は、躊躇なく一緒に晩御飯を食べよう、と返信した。ちょうどいい、河原町まで行って、高島屋の前で待ち合わせして、ピザを食べ、喫茶店でおしゃべりしに行くのだ。
「待った、遅れちゃったかな、ああ、もう六時か、ごめん」
可奈が遅れてやってきたから、志保に謝っているのだ。高校からの友だちで、音楽好きの可奈とは、話がよく合う。ピアノをやっていた志保にたいして、可奈はブラスバンドでクラリネットを吹いている。大学生になって、大学のブラスバンドに所属して、月に数回の練習に参加しているから、音楽をやっている現役だ。それにひきかえ志保は、もうピアノのレッスンは受けていないし、練習といっても、ピアニストになるという意思もなくなっているから、いまや趣味の領域だ。マルイデパートの上の方にレストラン街があって、志保と可奈は、そこのフロアーにあるピザとパスタの店へ入り、近況報告をするのだ。
「誰かと、会ってたんでしょ、志保、恋人?」
「ちゃうよ、まだ、ってか、写真撮ってもらったのよ」
「まだ、って、どうゆうこと、これから、恋人になるってこと」
「いやよ、そんな言い方、それより可奈はどうなのよ、彼、ブラスで一緒だといってた」
「つきあってるよ、でも、まだ、ともだち関係よ、彼ったら」
「どうなの、彼ったら、って、トランペットの人でしょ」
「そうなんだけど、ほかに、彼女がいるみたいで、でも、しやない」
「そうなの、片思いなんだ、可奈、そうなの、かわいそう」
「ブラスバンドで一緒してるから、それしかないから、しかたないよ」
「おいしい、やっぱ、ここのピザ、おいしい」
「それよか、志保は、どうなの、その男は、どうなの」
「わからないよ、二回目だし、まだそれだけだよ」
女子大学生二人の話題は、男子のこと、交際しているかどうか、関心ごとの中心だ。

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