中川繁夫の写真と文章

中川繁夫の写真と文章です。

日記

日記190615

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現代表現研究所HP
6月15日といえば、1960年の出来事がよみがえってきます。
ウイキペディアで引いてみると、 安保闘争: 新安保条約批准阻止の第2次実力行使で全学連7,000人が国会議事堂に突入を図り警官隊と衝突。東大生樺美智子が死亡。とあります。
ほぼ60年前のことで、ときたまモノクロフィルムで、その時の画像が放映されますね。
ぼくは、中学生になったころでしたね。
性に目覚める頃というのがあるけど、政治に目覚める頃。
何処かでテレビを見ていて、衝撃を受けたのを覚えています、よみがえってきます。

掲載の写真は、王将の餃子です。
最近というか近年は、中華といえば王将へいきます。
月に一回程度、夜の食事を王将で摂る、こんな感じでの外食です。
ひところは四条小橋下がったところの眠眠へ、よく食べに行ったものでした。
新聞に餃子一人前食べれる広告があって、切り抜いてサービス券として使います。
食生活は、生きるのに必須の項目です。
性欲は減退しても食欲はますます旺盛になる、そんな感じですね。

日記190414

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<はな>と<小説>のホームページ
新元号が発表され、5月1日からは新元号「令和」を使うことになります。
昭和から平成になって31年目で令和と呼ぶようになります。
時代が変わる、平成を記憶する、そういうテレビ番組が多いです。
振り返ってみると、平成が始まったころと現在では、社会環境が変わっています。
社会のインフラが変わってきて、生活様式も変わってきて、人間の質も変わった。
あたりまえにスマホを使いネットを使って個人が情報発信をします。
その逆に、ネットを使って受容することも多く、ぼくなんか本屋さんへ行かない。

学生の頃、仏映画でしたが、カトリーヌドヌーブだったか、女優さんのヌードが出た。
バスルームのシーンだったか、立ち上がったボデーから下の黒毛がうっすら見えた。
もう、学生たちは興奮状態で、いまでも、その画面が記憶に残っていて消えません。
樋口可南子さんのヘヤーヌードとかマドンナのSEXでしたか、ありましたね。
でも、いま、それどころじゃないですよ、凄いことになっている、ご存じだと思うけど。
こういう現在から令和が始まっていって、ますます凄いことになる、と思えます。
文学の形も価値観も変わる、映像の形も価値観も変わる、深化すると思われます。

そういう時代に、どういう対応をしていけばいいのか、アーティストのみなさん。
逃げてはいけません、禁句のベールをはがしていかないといけません。
世界をみなくちゃ、視点を世界に向けなくちゃ、取り残されてしまいますよ。
現代表現研究所って、現代の表現を研究する所、です。
参加してきませんか、と呼びかけたいところです。
新しい時代を担うのは、あなた、そんな気持ちで、ここに老体がおります。
現代表現研究所HP

日記190413

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<はな>と<小説>のホームページ
毎年、だいたい同じ場所で、桜の写真を撮っています。
掲載の枝垂れ桜は上品蓮台寺のモノで、まだ若くて人の背丈くらいです。
ここは、自宅から徒歩で十分とかからない、千本鞍馬口を上がったところです。
千本通りの上立売には釘抜地蔵尊、寺の内上がったところには千本えんま堂。
そのあたりから北一帯を蓮台野と呼んでいたといい、京都の野晒し墓場のひとつです。
そういえば墓場には桜が、それも著名な桜が、けっこうありますね。
安吾の小説にもありましたね、たしか桜の樹の下には・・・・、という小説でした。

千本通りというのも、この千本は塔婆の数とも桜の数とも、桜のほうがいいですね。
ちょうど昔の京都の町、一条通りより北になって、鷹峯まで登りになります。
千本北大路から北、佛教大学とか旭丘中学があるあたりが、野晒しの場ですかね。
そのころから桜が咲いていたとは思えないけれど、桜と野晒しなんて小説的です。
桜といえば、多くの写真家が手掛ける被写体のひとつです。
艶やかさとか、情緒に似合うとか、いろいろな意味あいが奥にありますけれど。
でも、日本画にも多く描かれている桜ですから、それも含めての京都の桜です。
現代表現研究所HP

日記190412

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中川繁夫写真集<京都>
桜が咲く時期になると、桜を撮りにあちこちへ出かけます。
出かけるとはいっても近場で、歩いて行ける場所が多いんです。
たまたま生まれ育ったのが京都の西陣界隈なので、撮影場所もそのあたりです。
現在地、西大路の一条通り南東角に通称椿寺、地蔵院があって、桜があります。
椿寺というのは五色八重の椿があるからですが、ぼくは桜に惹かれています。
何時の頃からあるのかわからないんですが、有名な椿は、秀吉が移植したとか?
ぼくの注目は、この寺の立地場所なのです。

一条通り、紙屋川の西、秀吉の時代以降は洛外になるところです。
一条通りは、西へ道なりにいくと仁和寺に至って、鳴滝を通って高雄への街道です。
高雄から美山へ通じる道で、現在は福王子を経由、自動車道になっています。
一方で広沢の池から大覚寺に通じる道でもありますが、天皇がとおる道ではなかった。
いずれにしても、ここの場所は、洛中から洛外への交通の要所であったところです。
それでどうした、と聞かれても、ぼくにとって大きな意味を持つわけではありません。
知識として、そういうことを知った、でも、このことで感情が醸成されるように思うのです。

表現の原点を探るための模索をしているところです。

現代表現研究所HP



日記190410

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現代表現研究所HP
絵画や写真というイメージであれ、小説というフィクションであれ、です。
そういう手段を使って、何かを表現するということについて、です。
ぼくは表現の対象となる物体やその物体が持っている意味を考えようとします。
この意味を考える、ということを無視して表現は成立しないと考えています。
この意味というのは、社会通念とか、社会良識とか、この枠組みの中に成立します。
なお、そのうえに、人の心に、驚きを与えられるか、ということが加味される。
驚きはインパクトといってよいと思いますが、直接的なインパクトが与えられるか。

なんだか迷宮入りしそうな気がしていますが、でも、この議論を避けては通れない。
このことを回避して、現代の表現を、語ることはできないと思うところです。
問題回避というより、この問題にすら気がついていないのではないか。
表面技巧の見せかけばかりを組み合わせても、本質は現れない。
本質なんてないのが現代だ、なんてうそぶいても、本質ではないんです。
近代を超える新しい時代の表現を、思考しようとするわけです。
現代表現研究所での研究は、これをイメージしようとの試みだと思います。
フォトハウス表現塾HP

日記190408

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フォトハウス表現塾HP
新しい元号が「令和」と決まって、万葉集から採取されたというので、本を見ました。
学生の頃に買った岩波文庫の万葉集、そこに令和のあるのを見つけて、これだこれだ。
発表されて以後、万葉集ブームが起こっているとテレビで報じています。
大宰府の神社とか、富山の高岡とか、由来の有る処が、紹介されています。
ぼくはこのことをいいことだと思います、日本精神、権力構造がフラットだった頃。
万葉の時代といえば奈多飛鳥の時代だとか、いまでいう和歌を詠んでいたんですね。

フォトハウス表現塾の外枠でワークショップを開催しているところです。
すでに写真ワークショップを実施中ですが、文学系ワークショップが立ち上がります。
仮の題で「物語ワークショップ」、6月の第三土曜日に開催の予定です。
インストラクターは上野明人さん、物語の構造を分析するワークショップとか。
絵画、写真、映像、文学、音楽と五ジャンルを横断的にワークショップを組む。
現代表現研究所が提唱のワークショップ群です、新しい時代が始まります。
現代表現研究所HP

ギャラリー
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