寫眞と文

中川シゲオの寫眞と文章です。

日記

日記190414

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<はな>と<小説>のホームページ
新元号が発表され、5月1日からは新元号「令和」を使うことになります。
昭和から平成になって31年目で令和と呼ぶようになります。
時代が変わる、平成を記憶する、そういうテレビ番組が多いです。
振り返ってみると、平成が始まったころと現在では、社会環境が変わっています。
社会のインフラが変わってきて、生活様式も変わってきて、人間の質も変わった。
あたりまえにスマホを使いネットを使って個人が情報発信をします。
その逆に、ネットを使って受容することも多く、ぼくなんか本屋さんへ行かない。

学生の頃、仏映画でしたが、カトリーヌドヌーブだったか、女優さんのヌードが出た。
バスルームのシーンだったか、立ち上がったボデーから下の黒毛がうっすら見えた。
もう、学生たちは興奮状態で、いまでも、その画面が記憶に残っていて消えません。
樋口可南子さんのヘヤーヌードとかマドンナのSEXでしたか、ありましたね。
でも、いま、それどころじゃないですよ、凄いことになっている、ご存じだと思うけど。
こういう現在から令和が始まっていって、ますます凄いことになる、と思えます。
文学の形も価値観も変わる、映像の形も価値観も変わる、深化すると思われます。

そういう時代に、どういう対応をしていけばいいのか、アーティストのみなさん。
逃げてはいけません、禁句のベールをはがしていかないといけません。
世界をみなくちゃ、視点を世界に向けなくちゃ、取り残されてしまいますよ。
現代表現研究所って、現代の表現を研究する所、です。
参加してきませんか、と呼びかけたいところです。
新しい時代を担うのは、あなた、そんな気持ちで、ここに老体がおります。
現代表現研究所HP

日記190413

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<はな>と<小説>のホームページ
毎年、だいたい同じ場所で、桜の写真を撮っています。
掲載の枝垂れ桜は上品蓮台寺のモノで、まだ若くて人の背丈くらいです。
ここは、自宅から徒歩で十分とかからない、千本鞍馬口を上がったところです。
千本通りの上立売には釘抜地蔵尊、寺の内上がったところには千本えんま堂。
そのあたりから北一帯を蓮台野と呼んでいたといい、京都の野晒し墓場のひとつです。
そういえば墓場には桜が、それも著名な桜が、けっこうありますね。
安吾の小説にもありましたね、たしか桜の樹の下には・・・・、という小説でした。

千本通りというのも、この千本は塔婆の数とも桜の数とも、桜のほうがいいですね。
ちょうど昔の京都の町、一条通りより北になって、鷹峯まで登りになります。
千本北大路から北、佛教大学とか旭丘中学があるあたりが、野晒しの場ですかね。
そのころから桜が咲いていたとは思えないけれど、桜と野晒しなんて小説的です。
桜といえば、多くの写真家が手掛ける被写体のひとつです。
艶やかさとか、情緒に似合うとか、いろいろな意味あいが奥にありますけれど。
でも、日本画にも多く描かれている桜ですから、それも含めての京都の桜です。
現代表現研究所HP

日記190412

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中川繁夫写真集<京都>
桜が咲く時期になると、桜を撮りにあちこちへ出かけます。
出かけるとはいっても近場で、歩いて行ける場所が多いんです。
たまたま生まれ育ったのが京都の西陣界隈なので、撮影場所もそのあたりです。
現在地、西大路の一条通り南東角に通称椿寺、地蔵院があって、桜があります。
椿寺というのは五色八重の椿があるからですが、ぼくは桜に惹かれています。
何時の頃からあるのかわからないんですが、有名な椿は、秀吉が移植したとか?
ぼくの注目は、この寺の立地場所なのです。

一条通り、紙屋川の西、秀吉の時代以降は洛外になるところです。
一条通りは、西へ道なりにいくと仁和寺に至って、鳴滝を通って高雄への街道です。
高雄から美山へ通じる道で、現在は福王子を経由、自動車道になっています。
一方で広沢の池から大覚寺に通じる道でもありますが、天皇がとおる道ではなかった。
いずれにしても、ここの場所は、洛中から洛外への交通の要所であったところです。
それでどうした、と聞かれても、ぼくにとって大きな意味を持つわけではありません。
知識として、そういうことを知った、でも、このことで感情が醸成されるように思うのです。

表現の原点を探るための模索をしているところです。

現代表現研究所HP



日記190410

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現代表現研究所HP
絵画や写真というイメージであれ、小説というフィクションであれ、です。
そういう手段を使って、何かを表現するということについて、です。
ぼくは表現の対象となる物体やその物体が持っている意味を考えようとします。
この意味を考える、ということを無視して表現は成立しないと考えています。
この意味というのは、社会通念とか、社会良識とか、この枠組みの中に成立します。
なお、そのうえに、人の心に、驚きを与えられるか、ということが加味される。
驚きはインパクトといってよいと思いますが、直接的なインパクトが与えられるか。

なんだか迷宮入りしそうな気がしていますが、でも、この議論を避けては通れない。
このことを回避して、現代の表現を、語ることはできないと思うところです。
問題回避というより、この問題にすら気がついていないのではないか。
表面技巧の見せかけばかりを組み合わせても、本質は現れない。
本質なんてないのが現代だ、なんてうそぶいても、本質ではないんです。
近代を超える新しい時代の表現を、思考しようとするわけです。
現代表現研究所での研究は、これをイメージしようとの試みだと思います。
フォトハウス表現塾HP

日記190408

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フォトハウス表現塾HP
新しい元号が「令和」と決まって、万葉集から採取されたというので、本を見ました。
学生の頃に買った岩波文庫の万葉集、そこに令和のあるのを見つけて、これだこれだ。
発表されて以後、万葉集ブームが起こっているとテレビで報じています。
大宰府の神社とか、富山の高岡とか、由来の有る処が、紹介されています。
ぼくはこのことをいいことだと思います、日本精神、権力構造がフラットだった頃。
万葉の時代といえば奈多飛鳥の時代だとか、いまでいう和歌を詠んでいたんですね。

フォトハウス表現塾の外枠でワークショップを開催しているところです。
すでに写真ワークショップを実施中ですが、文学系ワークショップが立ち上がります。
仮の題で「物語ワークショップ」、6月の第三土曜日に開催の予定です。
インストラクターは上野明人さん、物語の構造を分析するワークショップとか。
絵画、写真、映像、文学、音楽と五ジャンルを横断的にワークショップを組む。
現代表現研究所が提唱のワークショップ群です、新しい時代が始まります。
現代表現研究所HP

日記190401

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中川繁夫のホームページ
まもなく新元号が発表されるところですが、その前に、この日記です。
京都御苑の桜園へ行ってみて、スマホにて桜の写真を撮りました。
昨年も訪れて写真を撮ったところですが、今年もまた撮りました。
使っているスマホはグーグルのほうですが、カメラはエクスペリアです。
撮るのはオートですが、少し改ざんして、仕上げて保存しておきます。
インスタへ、存在証明のごとくライブでアップしますが、正方形ですね。
インスタのカメラは、その場で編集ができて、それなりの写真が出来ます。
肝心なのは、何を撮るか、ですが、あとはカメラ任せで、少し改ざんしています。
楽に写真が撮れて、それなりに見せることができる写真の現在ですね。
フォトハウス表現塾HP

日記190330

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中川繁夫のホームページ
昨年、行ったときに、水が干してあったから、今回は水があるだろうと思って行きました。
やはり水が干されていて向こうに古墳が見えるという光景でした。
箸墓古墳といって、卑弥呼の墓ではないかと言われている古墳です。
奈良県の桜井市にあって、この界隈へ何度か訪れさせてもらっています。
古希を迎える前後から、古代の、まだ日本という国が形成される前に興味がわいた。
まだ形がなくっても、人は生まれて生きて死んでいった、これを繰り返したわけです。
どれだけの人間が、生まれて生きて死んだのか、その一つが自分としてある。
無数の人の、生きた痕跡があることに、驚異と畏怖を覚えるんです。
まもなく元号が替わりますが、この制度ができるもっと昔のことに、興味を持つのです。
フォトハウス表現塾HP

日記190327

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フォトハウス表現塾HP
おはようございます!
今日は暖かくなるといい、4月の気候になると伝えています。
もう桜もあちこちで咲き始めていて、こころウキウキするところです。
今日は文字さんと一緒に纏向まで行って山の辺散策の予定です。
一年ほど前にも行ったところなので、再訪するところです。
ぼくは写真を撮るのが目的ですが、スナップショットです。
かなりイージーに写真を撮って、あまり技術的技巧はしません。
ほぼ撮ったままで、露出を少し調整するくらいです。
テクニカルはあまり上手ではなく、あまり興味もわかないのです。
それでいいのだと思っていますけど。
中川繁夫のホームページ



日記190325

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中川繁夫のホームページ
あと一週間ほどで新元号の発表があり、一か月後には新天皇の誕生ですね。
あんまりそういうことには触れませんが、なにかと大事のようですね。
桜、昨日は京都府立植物園で開花しているというので、行ってみました。
何本か、咲いていて、咲いた木のまわりには、人が群がっていました。
ぼくも群がったうちの一人ですか、スマホで撮って、その場処理して保存しました。
主要にはインスタでアップして、自分では臨場感を持って、制作しています。
同時に横長で撮っていて、これはあたらめてツイッターとフェースブック用です。
撮り方パターンも少し変えていて、今年は風景、桜のある風景的な作法です。
ただ、人物が写り込まないように、最近はそういう撮り方をしています。
フォトハウス表現塾HP


日記190320

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フォトハウス表現塾HP
平野神社の魁(さきがけ)が咲き始めました。
まだ他の桜が眠っているのに、さすが魁桜、早いですね。
嵯峨釈迦堂から野宮神社を巡ってきました。
その帰りにセブンの店でケーキを二つ買ったところです。
平野神社を通って帰るのですが、そう、魁が咲いていたのです。
昨年の台風で大きな被害を受けられた平野神社です。
そこに、今年も桜の季節がやってきた、というところですね。
桜の話は、おめでたい話です。
中川繁夫のホームページ

日記190319

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中川繁夫のホームページ
さくらの季節というのは、気分が楽です。
写真の被写体としてさくらを撮ろうと思うからです。
つまり目的がはっきりしてるから、迷うことがない。
何を撮ろうかということが、普段は自分の中で問題になります。
悩むわけです、何を撮ろうか、と迷うわけです。
意味ある被写体を探して、撮っていくわけですが、この意味が問題。
さくらはその点、テーマの論点がはっきりしている部類です。
いよいよさくらの季節になってきて、今日は平野神社の桃桜を撮りました。
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日記190317

_20190316_122614
中川繁夫のホームページ
たまに朝食を外食にすることがあります。
朝早くに集合をかけられたときに食べるのが、なか卯の卵焼き朝食です。
ひところ200円でしたが、現在は250円、ぼくの気持ちを満たすお気に入りです。
貧弱なお気に入りだと、自分で思うのですが、安くて食べられる魅力があります。
戦後の食糧難の時代の庶民の家庭に生まれているから、習性かも知れません。


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