寫眞と文

中川シゲオの寫眞と文章です。

2019年02月

フォト日記-20-

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中川繁夫のホームページ
この二月になって、京都の西北部、嵯峨野・太秦古墳群を採取に出かけています。
甲塚古墳という場所へ行ってみると、石室に繋がる洞穴前には鳥居が設置されていました。
奉納甲塚町有志と書かれているから、この町内の有志の方が建てられたことがわかります。
なによりも私有地のなかにある古墳で、この土地は会社か個人の所有ということでしょうか。
古墳にも、いろいろなレベルがあるんだなぁと、思っています。
まったく詳しいことはわからないんですが、ヒトの気持ちが伝わってきます。
やっぱり、神聖な場所なんだ、と思えるのです。

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フォト日記-19-

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中川繁夫のホームページ
ここに日本寫眞記を連載していましたが、そのシリーズ、(1)と(2)を終えました。
もくろみとしては、日本歴史が始まる前後のイメージを追っていて、今につなげること。
殺風景な風景の連続で、色艶を表す赤系が少ないので、うんざりしていました。
天があり、地があり、水があり、そこに人がいて、自然から感じる情というもの。
今は、人間が創りだした道具で、そういう自然に触れる生活はあまりしていません。
いいえ、感覚が、そのことを感知しない、いいえ、意識しない、ということでしょうか。
プリミティブな、といえばよろしいか、原始の環境における人、人間の意識ですね。
そういうところに興味を持ちだして、原始の感覚を探ろうと思っていたところです。
寫眞という静止画で、視覚に訴えるわけですが、そんなん無理や、といわないで。
試みとして、何を感じるのか、感じたとして、伝えることができるのか、交感、共有。
難しいですね、たぶん、そういう試みが、不能な時代なのかも知れませんね。
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日本寫眞記(2)-9-

日本寫眞記(2)-9-
京都・太秦 垂箕山古墳
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日本寫眞記(2)-8-

日本寫眞記(2)-8-
京都・嵯峨 圓山陵墓参考地
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日本寫眞記(2)-7-

日本寫眞記(2)-7-
京都・嵯峨 狐塚古墳
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日本寫眞記(2)-6-

日本寫眞記(2)-6-
京都・嵯峨野 甲塚古墳
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日本寫眞記(2)-5-

日本寫眞記(2)-5-
京都・太秦 天塚古墳
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日本寫眞記(2)-4-

日本寫眞記(2)-4-
京都・嵯峨
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日本寫眞記(2)-3-

日本寫眞記(2)-3-
京都・嵯峨
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日本寫眞記(2)-2-

日本寫眞記(2)-2-
京都・太秦蚕ノ社
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日本寫眞記(2)-1-

日本寫眞記(2)-1-
京都・嵯峨野
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フォト日記-18-

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中川繁夫のホームページ
毎年節分祭には、老若男女で賑わうスポットを巡っていくことにしています。
今年もまた、近くの神社仏閣を訪ねていきました。
巡るのは、生まれ育った京都の北西、西陣界隈から壬生寺あたりまでです。
今年は吉田神社を外したかわりに達磨寺から巡りはじめました。
巡った順番は、達磨寺、元祇園椥神社、壬生寺、釘抜地蔵、千本えんま堂。
三時前から雨がぽつぽつしてきたから、千本釈迦堂へは行きませんでした。
庶民というか、市井の生活者が、神仏に守られている感じの風土です。
いずれも古い神社仏閣です。
こういう環境を持ったなかで、生を育んだ人々の、心理を探索している感じです。
近代は、人は移動するから、その地に育つ心理なんてことはないのかも知れない。
ああ、やっぱり宗教が、基底にある文化だなぁ、とつくづく思うところです。
宗教とはなにか、なんてここでは問わなくて、宗教心、信仰心、人の本質でしょうか。
まあ、この歳になってくると、あの世のことが気にかかる、そういう心境ですね。
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