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中川繁夫のホームページ
京都は嵯峨野一帯に古墳が点在している、と知ったのは昨年の初めごろだったと思います。
二十歳のころに古代史に興味があり、邪馬台国を巡る論争を、読んだものでした。
その当時は、畿内説と北九州説があり、どちらが本当なのか、とのクイズ。
半世紀後の今、2019年ですが、やっぱりまだ決着がついていない、と知ります。
でも、邪馬台国論争は置くとして、嵯峨野の古墳群は、太秦地域に始まると思う。
掲載に使った写真は、嵯峨にある俗称でしょうね狐塚古墳と呼んでいる古墳。
だれの墓なのかわからない、現地にはなんの説明もなく、立て札もない。
でも石棺部分が封印されているけど、見ることができるから、明らかに古墳です。
これらが、いつ頃につくられたのか、ぼくは詳しくは知らない素人です。
大阪の堺や奈良の飛鳥よりも後なのか、あるいはそれらと平行するのか、分からない。
規模が、それほど大きくないから、この地域を治めた豪族の長の墓の様ですね。
嵯峨の山ぎわへいくと、天皇陵、それらしき陵が嵐山の天竜寺から奥嵯峨。
それから宇多野、仁和寺、竜安寺の山へと点在していることが、歩いてわかりました。
まだ、もう少し、歩いて、写真に記録して、自分なりにまとめたいと思うところです。