寫眞と文

中川シゲオの寫眞と文章です。

日記190314

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中川繁夫のホームページ
午後から街中へカメラを持って徘徊してきました。
浄福寺という南北の通りがあるんですが、浄福寺というお寺があるんです。
その前の通りを浄福寺通りと説明の余地がないほど明確な通り名です。
釘抜地蔵を起点に、上立売通から浄福寺通に、雨宝院に寄り道、撮影。
そこから南下して、今出川通りを越えて、浄福寺の境内に入って、南門から出る。
西陣京極の一条からの入り口があって、撮影目的の其処へ入りました。
半世紀前の面影はほとんど残っていませんが、飲み屋がけっこうあります。
千本中立売へ出てきて、南下しようかと思ったが、其処で撮影を打ち切りました。
北野天満宮へ寄って、梅を数枚、インスタにアップして、帰還しました。
やっぱり、撮影を続けて、現役を続けていかないと、人前に出られないですから。
いま、何をしているのか、何を撮っているのか、何をしようとしているのか。
それらを考えながら、現役を継続しているつもりです。
では、また。
京都のホームページ

日記190309

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中川繁夫のホームページ
今日は北野天満宮から、かの有名な一条の戻り橋界隈を取材しました。
西陣織物会館では、西陣織の工程を掴みにいきました。
晴明神社を参拝して、といってもカメラを向けるだけでの参拝です。
あれやこれや、愛の物語を執筆していて、そのイメージを作っています。
戻り橋の北東角に桜の木があって、満開でした。
北野天満宮では梅を愛でてきたところで、桜はやっぱり煌びやかですね。
日本のイメージで、梅から桜に移行してきますが、現代人はやはり桜ですね。
あれやこれやで、あっけなく一日が過ぎたところです。
お休みなさい。
京都のホームページ

日記190306

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中川繁夫のホームページ
夕方から雨になる予報だったのに三時過ぎからぽつぽつ雨が降ってきています。
午後から所用で、嵯峨美大へ行ってまいりました。
学生ホールでコーヒーの自販機でホットコーヒーを淹れて飲みました。
美大生だったお方は、ここの学舎で学んでおられたんだ、と思いますた。
なにか、思い出がいっぱいよみがえってきて、虚しい気持ちにもなりました。

自室で音楽をと思って開けたら、いま第九の第一楽章が聞こえてきています。
少し大きめのボリュームで、まだ夕方には時間があるので聴こうと思います。
なにをしていることか、文章を書き過ぎてか、頭が疲れてる、感じです。
癒さないといけないな、ああっ、って思うところです、ティンパニーの音が響きます。
写真は五番町界隈の民家ですが、それらしい造りですが、どうなんでしょうか。
京都のホームページ


日記190304

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中川繁夫のホームページ
ネットの中で作品集をつくれないかと模索してきて早10年ほどになります。
というのも紙媒体ではない媒体を使って、自己表出を計るということを、です。
時代の流れというのは、技術革新の流れ、ともいえると思っています。
インターネットに接続して発信するという時代に入っている現在です。
本屋さんへ行って、本を買う、ということもまだまだ現実としてありますが。
ぼくは、もう、そんなに、本屋さんへ、行っていません。
それよりもネットのなかで、それに代わるものを得ているように思います。

本屋さん、エロ本屋さん、そんなの今やネットの中で、得られます。
まだ半世紀前といえば、ビデオ装置がようやく出てきたころでしょうか。
プライベート画像とか、プライベート映像とか、それが出来るようになった頃。
それから半世紀、今や、デジタルカメラで、編集もプライベートで出来ます。
発禁といわれた内容のモノが、いまや表立っては見えないところで蔓延しています。
かなりのことが無料で得られるネットの世界です。
さてさて、20年後、どんなふうに、情報の流れが変わっているんでしょうね。
フォトハウス表現塾HP



日記190301

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中川繁夫のホームページ
早いですね、もう3月、春、るんるん、嬉しい気分になってきますね。
なにかとやることがあって、なかなか前に進まないように思えてきます。
まあ、できることしかできない、と気持ちを落ち着かせて、対処しようと思います。
別にノルマがあるわけではないから、できることをすればそれいいわけです。
ぼくがまとめたりしている写真史なんかも、ぼく自身のためのふり返りですから。
あんなのがあった、こんなのもある、ブログに載せるたびに思い出しています。

京都シリーズを2008年からやりだして2015年くらいまで写真を撮っていました。
京都のホームページを二つ作っていて、少し休眠状態でしたが、再開しています。
ぼちぼちですが、2014年2月に撮影のところで、アップするのがストップ状態でした。
その続きから、やっていこうかと、思っています。
時間に余裕がある時に、と思うけれど、時間に余裕があるわけがないです。
その気になるか、ならないか、それだけです、依頼されての仕事じゃないから。
京都のホームページ

フォト日記-23-

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フォトハウス表現塾HP
昨日のことです、ここは京都、鳴滝の音戸山、その南側にこの御陵があります。
昨年、迷い迷いしながらここへ辿りついたけれど、二回目だから要領よく来れました。
道路からは見えなくて、ゆるゆる上って曲がってみると、この光景になります。
青空で、温かい昼下がり、正面の階段を上り、古墳のまわりをぐるっと回りました。
宮内庁が管理の場所は皇族関係、ここは文徳天皇〇〇陵と表記されています。
皇族でない古墳は、こんなに整備されていなくて、荒れているところもあります。

前にも書いた記憶がありますが、この御陵の傍に保田與重郎の家屋があります。
文学史では日本浪漫派を、どうなんでしょうか主宰した人物といえばよろしいか。
学んできた文学史では、その内容にほとんど触れることがないままに、来ました。
日本が戦争の渦中で、なにか役割を果たしたのか、戦後には排除されたのか。
いまもって、不勉強のぼくには、その詳細は分からないところですが、興味ありです。
ぼくは日本賛美ではありませんが、日本に生まれ育って今、自分の風土探しの最中です。

昨日は、音戸山、ぐるっとまわって山越道のほうへ出ました。
千代の小道と名付けられている道があるんですが、その石碑がありました。
千代の小道とは、その昔、京都の市中から嵯峨方面へ行く道のことですね。
御室仁和寺へ戻って、境内に入って、裏へ出て、山に入って、竜安寺へ出ました。
竜安寺の裏に、三つ並んだ天皇陵があって、それを撮るのを目当てに行きました。
今回は、コンデジG5Xをメインカメラにして撮影で、スマホカメラは補助にしています。
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